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2004年9月

2004年9月20日 (月)

高田渡+有山じゅんじ ビッグショー

9月14日名古屋のTOKUZOで高田渡・有山じゅんじ二人のビッグショーと言うライブがありました。有山じゅんじさんはどんな方か存じ上げていなかったのですが、先入観が無い方が素直に聞けるのではと思い出かけました。
最初は有山さん、「ドレミファ、ソッと暮らしてる」歌詞が面白い。それよりギターのテクニックが凄い。指先が走るようなスリーフィンガー、見事と言うしかなかった。有山さんは五つの赤い風船や上田正樹とサウス・トゥ・サウスで活動をしていたそうであるが、上田さんの渋い声と有山さんのブルースギターすごかっただろうなぁ。たちまちファンになってしまいました。
高田渡さんは女性のバイオリニストを連れて登場。本当はクラシックが専門なのでしょうが渡さんに合わせるためにフィドロ風に弾いてくれました。相変わらずの渡節は心を和ませてくれました。
会場は満席で、立ち見の人もいましたが、ちょっと早めに行ったので運良く座れました。会社帰りのサラリーマンでスーツ姿なのは極わずか、みんなどういう職業の方なのだろうか?年齢は少々高かったように見られるが・・・。

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青春のグラフィティーコンサート

9月12日、今年で5回目となる青春のグラフィティーコンサートが名古屋の久屋大通公園でありました。ビルに囲まれた一角で、こんなに広いスペースが確保できるのは、すばらしいことです。
出演者は1970年代を飾ったフォークソングのミュージシャン達。今年は、猫、遠藤賢司、大野真澄、ばんばひろふみ、伊勢正三、杉田二郎、加川良、南こうせつ、海援隊、森山良子の豪華メンバーでした。このコンサートは無料とあって、朝早くから、あるいは前日から並んで待っている熱烈なファンもいましたが、9時半頃に到着してもそこそこいい席は確保できました。
さて、出演者に目を移しまして、まず「猫」と言うグループ。今日は3人でしたが、20数年ぶりに再結成をして、今回が初のコンサートとなると言う事で、緊張していたせいか歌詞を忘れたような・・・常富さんでした。
次はエンケンこと遠藤賢司さん。背中にアンプを背負って、会場内まで入り込んで行くというパワーと、魂の叫びが凄かった。会場のおじさんたちを唖然とさせていました。
ばんばんは毎年暑い時間帯に出てくるのにきちっとした服装でたいへんだろうなぁ。毎年フォークルの曲を披露してくれるのですが今年の1曲は悲しくてやりきれないでした。
正やんはここ2・3年ステージでの盛り上がりが激しさを増しているような気がしました。途中から平河地1丁目の龍之介(兄)が少々頼りないギターを聞かせてくれました。前日鳥取でのコンサートに一緒に参加して、正やんを師匠として頼っているとか。でも、チューニングもできないようです。
加川良さんの笑顔で淡々と語りかけてくれるような歌い方は心地よいもので、ほっとしています。教訓は今の時代でも戦争について考えさせられ、自衛隊の人たちはこの歌をどうとらえるのでしょうか。
こうせつおいちゃんはベイビ~と言ったら、イェーと返してくれなきゃなどと客席を盛り上げてくれました。神田川の途中から正やんが入ってきて、二人かぐや姫が実現しました。
森山良子さんは毎年参加要請があったのに、いつも敬老の日のイベントで参加できなかったので、楽しみにしていたとのこと。アメリカンフォークのスタンダード(花はどこへ行く、500マイルなど)をさわやかな声で聞かせてくれました。もちろん、さとうきび畑や涙そうそうも。
最後は全員で戦争を知らない子供達、アンコールであの素晴らしい愛をもう一度を客席含めて熱唱しました。
客席は40代、50代が大半を占めていましたが、20代の男性が加川さんの教訓に感動していたし、昔を懐かしむだけのコンサートでなく、いい歌を次の世代に残すためのコンサートでもあることを再認識しました。

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名古屋市瑞穂区水害状況

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名古屋では、2004年9月5日大雨が降りました。私の住んでいる瑞穂区姫宮町では、バケツをひっくり返したような雨は降っていなかったような気がしていたのですが、ニュースによると瑞穂区は降り始めからの雨量が100mmを超えたとか?本当ですかねぇ。その時は、雨がよう降るなぁと思いつつのんびりとTVを見ていたんですが、友達から道路が「川のようになっているよ」と、連絡が入ったので、あわてて外を見たら、驚きとどろき山椒の木。TVでしか見たことのない風景が、現実となっているのではないか。裏の道路が見えなくて完全に冠水している。えっ~、すぐ外へ飛び出したら、膝より上まで水につかるではないか。もう、ただただ唖然とするばかりでした。
とりあえず、駐車場へ車を見に行ったのですが、水に浸かっていたのはタイヤ半分ぐらいだったので大丈夫だろうと帰ってきました。マンションの1階の住人は床上浸水すれすれで、あわてて家具を何とかしようと四苦八苦している状態で、それでも我が家は3階なので少々余裕があったので、子供を預かって(避難させて)いました。
2000年の東海豪雨は転勤前で知らなかったので、この地域がこんなになるなんで本当にびっくりしました。
本日、名古屋市は朝から東海地震を想定した、防災訓練を実施していましたが、豪雨になっても、道路が冠水しても何の情報もなく、何のための防災訓練であり、防災無線か大いに疑問が湧く1日でした。
更に、夜7時半頃に地震まで起きて、大地震ではなかったのが幸いで防災を考えさせられる1日でした。

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